探偵Lの映画ブログ

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【考察&ネタバレあり】『ファーザー』アンソニー・ホプキンスが史上最高齢の主演男優賞を受賞したヒューマンドラマ

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アカデミー賞主演男優賞、脚色賞を受賞した注目作品。

主演男優賞受賞アンソニー・ホプキンスの演技が素晴らしいです!

 

イギリスとフランスの合作。オリジナルはフランスの舞台作品で、原作者のフロリアン・ゼレールが脚本と監督を務めています。

初の映画監督作品で、自分で全部やっ、てこの完成度って…すごいわ。

 

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あらすじ

ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは認知症により記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配した介護人を拒否してしまう。そんな折、アンソニーはアンから、新しい恋人とパリで暮らすと告げられる。

 

 

キャスト

トニー【アンソニー・ホプキンス】

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ロンドンに住む老人。記憶を失い始め、娘の世話になっている。

 

大御所!!

83歳にして、今作では2度目の主演男優賞を受賞!!

自分と同名かつ同じ歳のこのキャラクターを演じるのってどんな気分だったんだろう…

 

出演作品:『羊たちの沈黙』、『ハンニバル』など

 

アン【オリビア・コールマン】

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トニーの娘。

記憶を失いはじめ人が変わっていく父親の面倒を見る。

 

アカデミー賞の助演女優賞は逃したものの、彼女の演技も秀逸!

 

出演作品:『ザ・クラウン』など

 

 

 

見どころ

感動作って言われるけど、わたしにはひたすら悲しい映画だった。(悲しみに溢れているっていう意味では「感動」なのかも。)

ポスターに騙されて心温まる感動作だと思って観ると、闇に引きずり下ろされますよ。笑

 

映画紹介では「認知症の父目線」の作品として注目を集めているけど、これを”病気”として「大変だなー」と客観的に観る人と、他人事には思えずゾクッとする人に分かれると思う。(私は後者だった)

 

記憶をなくしていく父・トニーの目線で描かれているから、時系列も登場人物もぐちゃぐちゃで、ストーリーとして理解しようとするには難しい作品。 

登場人物もシーンも限られているのに、観ている人を混乱させるような演出がたくさんあって目が回りますが、それが作り手の狙いです。 

 

わかるはずのことがわからなくなっていって、自分でも何が正しいか分からず、家族にさえ理解されない。誰を信じればいいかも分からない。

本人でなければ理解出来ない恐怖と孤独が伝わって来る、ホラーやサスペンスのようなゾクッとするシーンも。

 

時の流れは感じるのにも時系列はぐちゃぐちゃだから、ストーリーを理解しようとするよりも登場人物の心情や日々の生活の光と闇を感じながら、トニーのを追体験する作品かも。

 

記憶を失っていく本人だけでなく、一緒に暮らす家族の苦労も深刻。

人間が老いていくということや、それを支える家族の覚悟についても考えさせられます。

 

 

感想【ネタバレあり】

 ただの感動作じゃない!

人間の最後は美しくなんてない。

この映画、決して他人事としては観れなかった。自分が年取ったら、自分の大切な人がこうなったら…そんなことを考えずにはいられなかった。

 

アカデミー賞に好かれるタイプの映画だから、ただの感動映画では無いと思ってはいたけど、家族の愛はあるのに終始闇を感じる不思議な映画だった。

 

トニーの目線

これだけ「認知症の映画」として取り上げられているのに、そんな病名が作品内に出てくることは一切ない。

だから、トーニーのことを患者としては見ないようにしてました。

 

今作はトニーを「病気」として切り離すのではなく、あくまでも歳をとっていく父と、それを支える家族の心情を描きたかったんだと思う。

人間は誰も衰えていく、誰にでも起こり得る現実を突きつけてくる作品だった。

 

世話をされるのを嫌がる頑固な父から、次第に不安に飲み込まれて小さな老人になっていくトニー。

「時計を盗まれた」と身の回りの人間を疑い始めるのも、本当は自分の正しさ(まともさ)を確認したかったのかも。

 

衰えを認めたく無い虚栄心と自分を失っていく恐怖が共存するトニーの心理状態も伝わってきて、アンソニー・ホプキンスのナチュラルで繊細な演技は、まさにこの映画の核だったんだと思った。 

 

キッチンや部屋の間取りが変わっていったり、それでもアンの服はいつも同じだったり…時系列も現実も幻想も区別が付かない。観ている側を困惑させる細かい演出も今作の魅力。 

 

家族に「なんで分からないの?」と言われても曖昧な態度を取るトニー。

そんな一言でトニーが突き放された気持ちになってしまうのも分かってもどかしい。悪気ない家族の言動も冷たく感じたり、誰も悪く無いのにお互い傷つけ合っていく様子がとにかく切なかった。

 

登場人物

娘のアンが別人になったり、アンの夫ポールが二人出て来たり、最初から人物の理解が難しい。

そして答え合わせもなく終わってしまう今作。笑

 

最初に出て来たポールは医師のビルだし、アンは時には介護士のキャサリンになってる。

想像だけど、冒頭の時点でケアホームの二人が出てくるから、本当は早い時点でホームと家の生活の区別がつかなくなっていたのかもしれないし、冒頭に出てくるアンのフランス行きも、本当の夫ポールとはもう離婚してて、アンにはフランスに住む新しい恋人が出来たのかもしれない。(逆にポールとフランス行きを決めたのかもだけど)

 

ポールのことを覚えていないトニーと、ポール(両方)の二人きりのシーンは実に気まずい!でもリアル!笑

トニーが繰り出す嫌味っぽい冗談やおふざけも、一緒に住んでいたらキツイだろうなー。

どちらのポールも、トニーを避ける態度を取ったりアンに助けを求めたり、腫れ物を触るような態度は冷たく見えるけど、それが本当は「他人」の一番自然な反応なのかも。

 

アン

アンが疲弊し切っていながらも父を手放せない苦しみが今作で一番辛いところ。

 

オリビア・コールマンの演技がまたすごいのよ。

変わっていく父を見守りつつも、振り回されて疲れ切っていくアンの悲しげな表情が忘れられない…

 

トニーが熱心に世話をするアンに辛く当たったりするのは理解出来なかったけど、娘に世話をされる父親の気持ちって複雑なのかも。

 

アンがどんなに頑張っても、その愛がトニーには届かない。

アンに「私を見捨てるのか」と言ったり「お前はなんて嫌なやつなんだ」と言ったり、トニーがすごく勝手に見える時もあるけど、本心かどうかは分かる術が無い。

 

父をつなぎ止めようと必死なアンの努力が報われないのが一番かわいそう。

お互いのことは大事なはずなのに、愛だけでは埋められない溝がだんだんと深まっていくのが目に見えて辛かったなー。

 

介護施設に年老いた家族を預ける事って賛否両論あるかもしれないけど、一緒に住む当事者にしか分からない苦労があって、この映画のアンの苦しみがそれをよく表現していたと思う。

きれいごと無しの現実を突きつけられます。

 

娘ルーシー

気になるのは、トニーが溺愛するもう一人の娘ルーシーの存在。 

事故で亡くなっているけど、トニーはルーシーの死をすっかり忘れてしまっている様子。

 

ローラの外見はきっと亡くなった娘ルーシーそのものなんだと思う。

ルーシーとアンに挟まれたトニーの写真がたびたび出てくるけど、ヘルパーであるローラにルーシーの姿を写し込んでいたのかも。

 

トニーがローラに初めて会い、冗談を言いタップダンスをして見せるも最後にはバッサリと切り捨てるあのシーンは、記憶を失って来てはいるものの、あそこまで残酷になれてしまうトニーの複雑な内面とそれをただ観ていることしか出来ないアンの辛さがすごくよく分かる、一番印象に残ったシーンだった。

 

時系列

いつもなら作品のストーリーをしっかり理解して納得したいと思うんだけど、今作はどんなに考えても人物やストーリーに納得できるような作品じゃないし、それが今作のゴールじゃないんだと思う。

 

トニー本人にも分からないんだから、視聴者も理解しようとしなくていい。

 

きっとそもそもこの作品に時系列は存在しなくて、トニーが記憶を無くし始めてからこれまでの断片的な出来事のつぎはぎで出来ているストーリーなのかもしれない。

 

ラスト 

最後にはケアホームに入っているトニーだけど、今までの出来事が半分は家の中ではなくケアホームで起きていたことだったのかもしれないし、アンが「フランスに住むことになった」と話す冒頭のシーンが、実はホームに入る前の最後の記憶だったのかもしれない。

 

結局最後は母の話を始めて子供のように泣き始めるトニー。

ケアホームで生活していくことを受け入れたというよりは、もう現実が認識できなくなってしまったんだろうなーと思ってすごく切なかった。

 

そんなトニーを見て、もう現実なんて分からなくてもいいから、日々安心を感じて過ごして欲しい、と思った。本当に。

 

 

 

評価

☆星 3.7個/  5 個☆

 ※いい映画だったんだけど、ひたすら悲しいのが観ていて辛かった。

※アンソニー・ホプキンス、オリビア・コールマンの演技が素晴らしい!

※人生について、家族について考えさせられる。